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Research result

調査結果

ジャカルタにおける食と健康のつながりは?

渡辺隆史
UCI Lab. 所長/ディレクター
渡辺 隆史

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さて、調査結果はどうだったのか。調査目的を改めて確認しておくと「インドネシア、特にジャカルタにおける「食と健康」についての習慣と価値観を調査する」。つまり、「インドネシアで、食と健康は どのぐらい どのように 結びついているのか?」、その上で今回想定したA社として「インドネシア市場では、商品bはどのようなポジショニングであれば受け入れられるのか?」を探るということである。

日本にいるときに伝え聞いていた話では、

・一日中、常に何か食べている(仕事中や会議中にもコロッケなどが出てくるらしい)

・油や糖分はたくさん取っていて気にする様子はない(揚げ物大好き)

・でも、加工食品の食品添加物は厳しくチェックする

・暑いので、とにかく歩くのが嫌い!

など、相当に健康意識が低いことが想定されていた。そして、いざ現地に着いてみると、確かに街にはたくさんの食堂や屋台があり、いわゆるランチタイムのあとでも賑わいを見せている。それぞれ店先には調理済みの色とりどりのメニューが!…しかし、ほぼ全て揚げ物になって並んでいる。スーパーに行けば、大容量の油が大きな売場面積を占めていて実際にハコ買いしている男性もレジで発見。1-2リットルを何日かで使い切るんだとか。また、通りに徒歩の人はほとんど見かけず、ほとんどの人がバイクタクシーや乗り合いのバスを利用している様子。確かに聞いていた話はその通りなのかもしれない…。

しかし、フィールドワークで住宅街を歩いたり食品を買い物したりしていくと、少しずつ違うことも見えてくる。例えば、コロッケなどのスナックはたくさん売っている店があるが、その一つ一つの大きさはとても小さく、しかも1個単位から小分けして売られている。そして、通りを歩いているとだんだん気付いてくるが、そういえば、街中で「いわゆるぽっちゃりした人」をまだ見かけていない。確かにモデルのようなスタイルや着飾った人もいないが、同時に過度に肥満の方もまたいないようなのだ。(生)野菜をほとんど食べないとも聞いていたが、パサール(市場)に行けば、大量の葉物野菜が並んでいる。

さらに、家庭訪問をしてインタビューやキッチンを拝見すると、また新しい知識が更新されていく。写真で見せてもらった朝昼晩の3食はどれも単品で量も少なめだった。つまり、彼女たち(彼ら)はこまめに食べているが一回当たりの量は日本に比べると少ないということらしい。通訳の方に伺うと、一回の食事は単品が多くて「献立」という概念はあまりないとのこと。またその一方で、今回訪問した2名の女性は2人とも「ダイエットをしている」と話していたが、曰く気をつけているのは「カルボ(炭水化物)を減らす」ということで「カロリー」という言葉は一度も出てこなかった。また、中国系インドネシア人のHさんへのインタビューでは「医食同源」という概念に「?(何それ)」という反応で、どうも聞いたことがない様子だったのである。

このように事前のイメージに対して肯定したり否定したりと、あれこれ揺さぶりをかける細かな事実が現地で続々と立ち現れてくる。ジャカルタでは、このような調査中の気づきをその日のうちに付箋に書き出して記録していく。ただし、この時点ではカードソートなど解釈には踏み込まない。あくまで現地で得られる情報に集中する。「どうも日本における『食と健康』のつながりとは違うらしいゾ」というひっかかりを胸に、我々はいったん帰国の途についた。



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帰国後、しばらく他の仕事をこなしてから、おもむろに分析プロセスを開始する。分析は通常一次分析と統合分析の二つのパートに分かれている。

一次分析として、まず私たちは現地で大量に受け取った情報を、カオスな状態から様々な切り口で仕分け整理し「何が分かったのか(分からなかったのか)」を見えるようにしていく。

【収穫した事実】(=分析リソース)

・家庭訪問した2名の発言録

・4名が撮影した写真

・移動中や会食、ポップアップスタジオでのディスカッションのICレコーダー書き起こし

・連日の4名の気付きを書き出した付箋

+

・体験を共有した4名の体内に残っている何か

一次分析

・(被験者)個人別サマリー

・気付きのカードソートによる構造化

・「冷蔵庫の中」「JAMUのメニュー」など一点にフォーカスした詳細まとめ

・「食」「健康」それぞれについて分かったことのリストアップ

・渡航前の疑問や仮説と実際の対応リスト

・新たに生じた疑問点のリストアップ

このような客観的な作業を経て、私たちの中に徐々に解釈(ひょっとしたら**ということじゃないか)が生成されていく。このような各人の主観を共有し可視化していくのが次の統合分析のプロセスである。そして、まとめられたのが以下のマップになる。

統合分析00


統合分析01


分析の結果は驚くべき内容だった。当初想定した問い「インドネシアで、食と健康は どのぐらい どのように 結びついているのか?」について答えるならば、「そもそも、食と健康はつながっていない!」 のであった。もう少し丁寧に表現するなら、​「私たちが日本で思うようなあり方ではつながっていない」という事実である。


それは、こまめに少しずつ食べている食習慣であったり、国の平均年齢の若さといった環境がもたらしているであろう健康への価値観が織り成す、日本とは全く違う常識だった。 そして、その驚きは私たちにジャカルタに行く前以上にたくさんの疑問を生じさせる。しかし、それは渡航前の疑問とは全く質の違うより具体的な問いであり、それこそが今回の調査の成果といえるものであった。

もやもや

今後より具体的に深めたい疑問(もっと知りたいこと)

食

・「1日のすべての食の実態と位置づけ」のマップ化

・無意識にある様々な食の「境界線」の見える化(食への関心)

・「食の産地から食卓までの流れ」(現地の流通システム)のマップ化

健康

・人々が広く共有する「健康な状態」(でない状態)とはどんな状態?

・広く共有されている「美」の条件はある?(パーツやキーワードなど)

・そのために今は何をしている?健康は食ではなく何につながっている?

(全体)

・男女や各世代別での意識と行動の違いはあるのか?

・今後どうなる? 所得向上や加齢で太っていく?



さて、想定ケースの商品bについて言えば、このような市場で「日本からのヘルシーな食品」としてそのまま売り出しても、市場に定着するのは困難であろう。ジャカルタの食生活にまつわる社会と市場の前提は、日本でのマーケティング戦略を多少チューニングして対応できるレベルではなさそうだ (そしてそれは、「実は日本の社会・市場にも普段意識しない当たり前が潜んでいて、その文脈の上に今のマーケティングが成立している」という事実に気付くことでもある)。 そもそも、現地に新しい食品=習慣を提案して受け入れてもらうには、今の食習慣のどこに、どういう位置づけで入るものなのか、それは何の代替なのか(参照されるメニュー)を明確にしてこちらから提示する必要がある。その上で、商品bが参照メニューと何が優れているのか?(USP=Unique Selling Point)を提案することになるだろう。そしてそのとき、USPは日本と同じ「ヘルシー」の切り口とは限らない。

つまり、私たちが海外で新たに食の事業を営むには、まず「現地の食にまつわる朝~晩の習慣と生活の中での文脈」を丁寧に明らかにするところから始める必要があるということである。一見、当たり前のことに聞こえるかもしれないが、ここで求められている「丁寧さ」はとても深い。食と健康というこれまで私たちが育ってきた生活や価値観と分かちがたく結びついた事柄について、現地の事実をありのままに見つめて、安易な分かったつもりを禁欲しなればならないとき、単なる手法論に留まらない人類学の哲学や在り方が持つ価値はとても大きい。。そして、マーケティングやデザインをする人間の軸、在り方が問われていると言えるだろう。







←調査設計







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海外市場における
日本企業の可能性

渡辺隆史
BUSINESS ENGINE ASIA PTE. LTD. 代表
小桑 謙一

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今回の自主調査プロジェクトを通じて私自身、非常に驚いた(知的好奇心から興奮した)のはフィールドワークの途中で「『食と健康』はひょっとして無関係なのではないか?」と思い至った時だった。

インドネシアの人々の暮らしや価値観に関する知識・体験は、例えば「お米を食べないと体に悪いと本気で信じている」等、個々の情報としてこれまで自分の中に漫然と蓄積されていた。それが今回のプロジェクトで(まだまだ分からないことは多いとしても)、一つの体系的な理解として整理されたことは大きな収穫だった。それだけでなく、「食と健康自体、無関係である」という、いわば日本人の常識からは到底考えつかない結論が導かれたことにも驚嘆し、満足している。このチームで新たな視点を発掘できたことによって、日本企業にもまだまだ発見できていないチャンスがあるはずだとの認識をさらに強めた。



日本企業がASEANに進出するにあたって一番重要なことは、ビジネススキームを整備することはもちろん、「顧客をいかに創造するか(のために生活者を正しく理解する)」だと思う。その時に、今回のようなプロセスが時として必要になってくる。

本来であれば企業の社内にそういった機能があればよいのだが、UCI Lab.のような、「デザイン思考」を武器に生活者理解を専門に活動している組織を持っている日本企業はまだまだ少ない。そのため、レポートの中でも述べられているような「自社に都合のいいデータの見方・切り取り方に基づいた偏ったフォーカス」を持ってしまい、参入してから大変苦労している企業も多いことと思う。しかし、今回のプロジェクトからわかるように、今よりも精度高く「自社製品が他国で自分たちの商品として受け入れられる」状態に近づけていくため、生活者の理解をさらに深めることは可能である。そのような志向・悩みをお持ちの企業や、これから参入せんとする日本企業のために、BUSINESS ENGINE ASIAは活動していきたい。







UCIlab.